日本|大阪|聖徳太子の創建!日本最古の官寺「四天王寺」

 日本最古の官寺と言われる「四天王寺」は1400年以上の歴史を誇るお寺です。聖徳太子創建と伝わる寺院は数多ありますが、実際に聖徳太子の創建と確認されているのは四天王寺と法隆寺の2寺院だけと考えられているそうです。

 百済から日本に仏教が伝わり、仏教とともに大陸の最新技術導入を目指す崇仏派(仏教賛成派)の聖徳太子・蘇我連合と、神話時代から天皇家に従い、仏教の導入に反対する廃仏派の物部守屋による宗教戦争「丁未の乱」が西暦587年頃に勃発。当時最強の軍事力を誇る物部守屋に聖徳太子軍は大苦戦。苦しんだ聖徳太子( 厩戸皇子)は四天王像を彫り「もしこの戦に勝利したならば、必ずや四天王を安置する寺塔を建てる」と請願し、苦しい戦いを勝ち抜いたと伝わっています。そしてその請願に従い聖徳太子が建立したと言われています。

大阪の難波や道頓堀にも近く、大阪のど真ん中に巨大な敷地を持つ四天王寺。飛鳥時代の色使い、形式を今も残しているのでかなり目立つ建物です。上写真は南大門。

南大門をくぐると目の前には中文と五重塔が見えてきます。この寺院の特徴は、主要な建物が南北に一直線に配置されていること。この一直線上に配置する手法は飛鳥時代の代表的な伽藍配置だそうです。

 四天王寺の中門。これら四天王寺の大部分は、過去何度も戦火や天災により焼失していて、そのたびに時の権力者たちの支援もあり復興しています。現在の四天王寺は昭和38年に再建されてものになるそうです。そう考えると燃えずに残っているもう一つの聖徳太子創建の法隆寺ってすごいですね。

中門からのぞくとこんな感じ。五重塔と金堂が縦並び。なんか珍しく見えますね。

西重門です。有料にはなりますが、こちら側からさらに内側へ見学に入ることができます。

五重塔の真下に来ました。他の五重塔は色も落ち、木造らしく茶色中心になっていますが、ここまで赤く、白く色がある五重塔はあまりありませんよね。残念ながらコロナウィルス問題の影響で中は見学できませんでした。

金堂。中は撮影禁止でしたので写真はありませんが、大きな四天王像と救世観音がありました。非常に大きく綺麗なものでしたので、写真撮影もOKにした方が来訪者は増えると思うんですけどね。

この赤と緑と白の色使いはまさに飛鳥文化のイメージですよね。新しく作り直されたとはいえ、そのままの雰囲気で作ってくれていることは素晴らしいと思いました。

龍の井戸です。古くから四天王寺の地底には池があり、そこに住む青竜がこの地を守っていると伝わっているそうです。

境内中央に位置する雄大なお堂で、パッと見ると一番古い建物のように感じました。昼夜6回にわたって諸礼讃をするところから六時礼讃堂と呼ばれているそうです。この礼讃堂の目の前にある石舞台は、亀池の間を通る石通路の上にあり重要文化財。厳島神社と住吉大社の舞台と並んで、日本三大舞台の一つに数えられているそうです。

亀池には、その名に恥じないほどの沢山の亀さんが甲羅干ししてました。

こちらは敷地の南東方法に位置する太子殿と八角形の奥殿です。奥殿には関係者しか行くことはできません。

この奥殿のさらに奥には守屋祠があります。物部守屋との戦いに勝ったお礼に建てられた四天王寺に守屋祠があるということで、いろんな噂があるみたいです。物部守屋の怨念を治めるために建てられたとか、物部守屋の家来達を四天王寺建立の使役に使ったため感謝した物部守屋の霊がをかなえてくれるようになったとか。今となっては何が本当なのかもよく分かりませんが、その想像を駆り立てる史跡の存在こそが、日本古代史のロマンですよね。

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Posted by tetsuchippy