日本|滋賀|琵琶湖西岸の絶景「白鬚神社の水上鳥居」

 今回は琵琶湖西岸にある白鬚神社(しらひげじんじゃ)の水上鳥居の写真撮影が目的の旅。まるで日本三景の一つの宮島のように、水上に鳥居がたたずむ絶景の朝日を撮影するために日の出前の早朝に訪問します。

白鬚神社前の水上鳥居の撮影!

 2019年11月16日(土)、日の出時刻予想は6時半ごろ。5時半には神社に到着しました。まだ真っ暗だったのでしばらく車で待機。ただ、カメラ好きの方たちはすでにいいポジションどりを始めています。上写真は5時45分ごろ。うっすらと明るくなり始めています。

6時ごろ。明らかに空が色付いてきました。赤色の鳥居は逆光で黒く見えますが、大分はっきりと見えてきました。もうこのころには10名以上のカメラ好きが集まってました。

波も小さかったので神社前の小さな砂浜に降りてみました。琵琶湖って湖なのに小さな波があるので、こうやって撮影すると本当に宮島のよう。浜辺に波、そして湖の上にたたずむ鳥居。鳥居の後方にはなだらかな養老、伊吹山地が広がっています。

山の上に日が昇るので、6時半を少し遅れて日が昇りました。まさに鳥居の中に太陽が昇りました。すごく綺麗です。プロ写真家のように、鳥居の赤色は撮影できませんでしたが、逆光シルエットの写真が撮影できました。

縦向きの写真です。湖面に光る太陽の道がきれいに撮影できたのと、空のグラデーションが幅広く見えました。

 鳥居のてっぺんが輝いているように見えます。鳥居上の両端に鳥がとまっていて、まるで名古屋城の鯱のようになりました。いかがでしたか?夕日の時間や夜のライトアップでも人気の白神社の水上鳥居。朝焼け、朝日の中のシルエット鳥居も素晴らしかったですよ。

明るくなってからは白鬚神社の境内を散策

神社は垂仁天皇25年(紀元前5年ごろ)、倭姫命(やまとひめのみこと)によって創建されたと伝わる2000年以上の歴史を誇る近江最古の神社と伝わっています。

御祭神は猿田彦命(さるたひこのみこと)で、白髪に白髭の老人の姿をした神様と伝わっており、この神社の名前の由来となっています。猿田彦命は天孫降臨の道案内役をしたことでも知られており、交通安全の神様でもあります。水上鳥居は、琵琶湖が水運が盛んだったために、水上交通の安全祈願の目的もあって作られたのかもしれませんし、水上交通を利用する参拝者への目印だったのかもしれません。

現在の社殿は、豊臣秀吉の時代に片桐勝元らによって再建されたものだそうで、地元では「白さん(しろひげさん)」、「明神さん(みょうじんさん)」と呼ばれ、親しまれているそうです。

猿田彦命を祀っている神社らしく、日本中の神社とつながりを持っているようです。

ただ私にとって、非常に興味深かったのが、神社裏山の中腹にある岩戸社。境内から徒歩3分位なのですぐに到着しますよ。

左側が岩戸社。右側は磐座(いわくら)。磐座は、日本に仏教などが伝わる以前、神道が広まる前の日本全国に存在したと考えられている自然信仰の一つ。岩を神様に見立てる信仰です。日本の古来の宗教観を残したものです。

この磐座の周りには結界が張られています。なぜ古代の人たちがこの岩に神を感じたのか・・・。本当はいろいろな歴史と理由があるんだと思いますが、今となっては分かりません。

これは岩戸社の後ろ側にむき出しになっている岩。これも磐座なのかと思ったのですが違いました。なんと・・・。

岩戸社の中をのぞいてみると、なんと古墳の入り口。岩戸社の後ろに見える岩は、古墳の一部のようです。どうやらこの岩戸社は古墳を神様とした社のようです。きっと大和政権?今の天皇家が滋賀県に勢力を広げる前の地元有力勢力の古墳なんでしょうね。

もともと「白」が新羅(しらぎ)、百済(くだら)という単語由来であるという説もありますし、滋賀エリアは渡来勢力が多く存在していた代表的なエリアでもあります。ただこれらもまだまだ仮説。実際には誰の古墳なのかは全く分かりません。

今となっては隠れてしまった古代日本の成り立ちが垣間見える非常に興味深いものでした。

いかがでしたか?見事な朝焼けの湖上鳥居。そして古代日本が垣間見える白神社と岩戸社。非常に興味深い場所でした。

Posted by tetsuchippy