インド|デリー|ムガル帝国の代表建築「フマユーン廟」

2019年1月13日

16世紀初頭から19世紀後半まで北インドを中心に繁栄したトルコ系イスラム王朝のムガル帝国。フマユーン廟はムガル帝国第2代皇帝フマユーンの霊廟で、インド・イスラム建築建築(ペルシアの影響を受けたインド様式のイスラム建築・ムガル建築)の代表的な建築物。その美しさは、あのタージ・マハルの手本になったとも言われています。

ムガル帝国2代皇帝フマユーンの妃により作られた廟

ムガル帝国2代皇帝フマユーンの時代、まだまだ弱小国家だったムガル帝国。インドでの戦いに敗れたフマユーンはペルシャ(イラン)に亡命。その後、サファヴィー朝ペルシアの支援を得て再び北インドを征服。たくさんの苦難を乗り越え、北インド復権を果たした直後、なんとフマユーンは階段から転げ落ちて亡くなってしまったんだそうです。

ペルシャ人だった王妃ハージ・ベグム は、夫フマユーンの死を悲しみ、ヤムナー川のほとりに「フマユーン廟」の建築を命じ、9年の歳月をかけた大工事の末に完成したんだそうです。

フマユーン廟には140名を超える人たちが埋葬されているそうで、フマユーン、そして王妃ハージベグムも埋葬されているそうです。

2019年1月1日のお正月に訪問

 今回訪問したのは2019年1月1日(火)のお正月。しっかりと開門していて見学可能でした。チケット売場には、正直びっくりするほどの大行列が・・・・。200m以上続いていたんじゃないでしょうか。

 ただ、ありがたいのが、デリーの有名な世界遺産は、外国人用のチケット売場コーナーが存在するので、インドの皆様の大行列に並ばなくていいんです。

 ただ、外国人観光客のチケット価格は、インド人の10倍以上の600ルピー(日本円900円程度)。まぁまぁ高いのでそれくらいのサービスは当たり前なのさー。

メインの廟は正面奥方向にあります

 チケットを購入し入場したら、まずは広場に出ます。まっすぐ正面(東向き)と、右折(南向き)通路があります。右折先にはイサ・カーン廟があり、まっすぐ正面にはフマユーン廟があります。

 まずは正面奥方向のフマユーン廟に向かいます!

最も古いムガル帝国時代の墓「ブ・ハリマ廟」

 ひっそりと佇む「ブ・ハリマ廟」。情報があまりないので詳細は分かりませんが、るるぶには「最も古いムガル帝国時代の墓の一つ」と書かれてました。

フユマーン廟に続くブ・ハリマ門

続くブ・ハリマ門と呼ばれる西門を越えると、ついにフユマーン廟が見えてきます。デリーのムガル建築の多くに、写真のような六芒星のような紋章が見られます。インド人ガイドさんの話だと、このマークはユダヤ教のダビデの星に似ていますが、イスラム教建築によく見られるソロモンの印章とも呼ばれる六芒星で、真ん中に蓮のマークがあることからヒンドゥー教との融和も意味するマークと言われているそうです。イスラム王朝とヒンドゥー教が盛んなインドの文化が混ざり合ったムガール建築では、幾何学的「対称」が大切にされていることから、六芒星を大切にしていたんでしょうね。ユダヤ教を意味するものとして使われたものではないそうですよ。

インド・イスラム建築の最高峰「フマユーン廟」

 ムガル帝国時代に最盛期を迎えたインド文化とイスラム教文化が交じり合ったインド・イスラム建築。左右対称な綺麗な建物です。夕陽の時刻に訪れたので、赤砂岩の赤色が際立っています。

真ん中に水路が流れて、左右完全に対称なのがフマユーン廟の特徴。この特徴はタージ・マハルにも受け継がれています。廟の上部中心にある白い大きなドームはイスラム教的な特徴で、上部左右の帽子を柱が支えているような小さなドームはインド的な特徴になってます。

上空写真から見なければなかなか分かりませんが、左右対称だけでなく、四方対称になってます。田の字型の庭園の中央に正方形のフマユーン廟が鎮座しているんだそうです。

建物はとにかく対称。どこから見ても左右対称だから、美しさが独特に際立ちます。上から見たら正方形のフマユーン廟の隅から見たら、下写真のようになりました。見事にドームも塔も、模様もすべて対称。こんなきれいな建物はなかなかないですよね。

この入口のドームをくりぬいたような入口は、エジプトなんかでも見られたイスラム建築の特徴ですよね。

インド初の四分庭園チャハルバーグ

下写真のような田の字型の広大な庭園。正方形の庭園の中心部分のフユマーン廟が位置しています。このような庭園を四分庭園チャハルバーグと言うそうです。

 水路や木々を配置することによって日陰がたくさんもうけられているのが特徴で、この水と日陰が豊富にある事こそが楽園のイメージになるんだそうです。

 GoogleMapなんかで見れば、その特徴が分かりますよ。

Google mapをプリントスクリーンしました。

廟の中も対称。実はムガル帝国終焉の場所!

当然ながら廟内も対称。ただ、棺は対称ではありません。棺はあくまでモニュメントのようで、実際のフマユーンの亡骸は廟の地下に土葬されているそうです。

棺は左右対称ではありますが、正方形ではありませんので、ここだけは完全な対象ではないのかもしれません。

 この廟は、ムガル帝国のインド復権をはたしたフマユーンの栄光を示すと同時に、ムガル帝国の終焉の地としても知られています。19世紀末、イギリスの支配に反発したインド人たちがムガル帝国の最後の皇帝バハードゥル・シャー2世を担ぎあげて反乱を起こします。しかし残念ながらイギリス人に敗れ追い込まれた皇帝とその家族は、フユマーン廟に逃げ込み捕えられます。この時まさにフマユーンの棺の横だったと言われています。

 この後、バハードゥル・シャー2世 は隣国のビルマに流刑され、ムガル帝国300年の歴史が終焉します。

イサ・カーン廟も美しい

 美しいフユマーン廟が見どころであることは言うまでもありませんが、その他にもいくつか見所があります。

 これは、フマユーン廟よりも20年ほど古い建物「イサ・カーン廟」。イサ・カーンはフマユーンに滅ぼされたスール朝の高官なんだそうです。なんでここに廟があるんでしょうね。

フマユーン廟の情報

2019年1月1日の情報

・入場料:日本人600ルピー(多分外国人価格) ビデオ持ち込み料金は別に25ルピー

・営業時間:「日の出~日の入り」となっていますが、5時頃などは流石に入れないそうです。

全て対称の美しいフユマーン廟。デリー最大の見所だと思います。 1993年にはユネスコ世界遺産(文化遺産)にも登録されています。本当に素晴らしい遺産なので、ぜひ見に行ってください!