エジプト|カイロ|カーヒラの城壁とフトゥーフ門、ナスル門

西暦969年頃、シーア派イスラム教のファーティマ朝がエジプトに侵攻。

遠征軍の将軍ジャウハルは、当時のエジプトの中心だったフスタートを制圧し、その北側に大きな城壁に囲まれた新都市「ミスル・アル=カーヒラ」を建設。

※ちなみにカイロ(英語表記:Cairo)は、アラビア語でアル・カーヒラ(Al-Qāhirah)。勝利者という意味だそうです。

その時のカーヒラの城壁と3つの城門が現在も残っています。

もちろん世界遺産(カイロ歴史地区)です。

今回のブログで紹介するのが、カーヒラの城壁と、北側城門のフトゥーフ門、ナスル門の2つ。

 

 フトゥーフ門地図

 

第7回十字軍の攻撃を防ぎ切ったカーヒラの城壁!

第7回十字軍は、キリスト教側のフランス軍が完敗したことで有名ですが、その時、フランス軍はこのカイロまで攻め込んできたそうです。

ただ、手も足も出ず、撤退するときにエジプト軍に追撃され、1万人を超える兵士がが全員捕虜になったそうです。

凄い城壁ですね!

 

円柱型の門がフトゥーフ門

カーヒラの城壁の北側には、フトゥーフ門とナスル門がありますが、2本の円柱を立てたような形をしているのがフトゥーフ門。

フトゥーフ門とは征服門の意味だそうです。

 

四角い門がナスル門

四角柱が2本並ぶように立つのがナスル門

勝利の門という意味だそうです。

巨大な門二つとも、非常に頑強そうで、威圧感を持っています。

キリスト教とイスラム教がバチバチに戦争を敷いた時代に、イスラム世界最大の城塞都市だったカイロ(アル=カーヒラ)。

世界最強都市の名残を見ることができました。