日本|和歌山|珍しい戦国武将のお墓巡り「高野山奥の院」

2018年9月2日

高野山の奥ノ院表参道の一の橋から高野山奥の院御廟橋まで続く、片道1.5kmほど続く参道。

その参道両脇には、たくさんの巨木とその巨木に守られるように佇むお墓群がズラリと並んでいます。

宗教都市高野山の中でも、圧倒的に異様な雰囲気を放つ興味深い場所です。

 

金剛峰寺や壇上伽藍から徒歩で15分で入り口に到着

高野山の人気観光地である金剛峰寺や壇上伽藍から徒歩で15分程の位置にある奥ノ院入口。

その途中には、いろんなお店が並んでいて、15分の散歩が短く感じます。

外国人観光客も非常に多く、外国人受けする和の仏教の雰囲気が色濃くありました。

 

私の勝手な解釈ですが、仏教の中でも真言密教は特に超能力的なものが多いような気がしますが、まさにその感じのお店。

何とも怪しい秘法が眠ってそうなお店。

 

そんなこんなで目で楽しみながら15分ほど歩くと、奥ノ院の入口、表参道の一の橋に到着です。

 

参道両脇にはたくさんの有名武将のお墓が並ぶ

参道は約1.5km程続いていますが、高い木々に囲まれているので陽が差し込まず、見事に苔が蒸してます。

日本人って、コケの存在に、静けさと潤いと神聖さを感じるんじゃないかな。

そしてご覧になっての通り、両脇には、有名、無名に関わらず数十万とも言われるお墓がズラリ。

こんなにお墓の中を歩くことはなかなかないですよね。

 

有名武将のお墓がズラリ!一気に見て回ります

高野山にお墓を作るブームが、江戸時代以降にあったようです。

穿った見方をすれば、戦国時代に織田信長をはじめとする有力武将に攻め込まれた高野山の勢力が、戦国から江戸時代にかけて有力な武将たちと密接な関係を作って生き延びようとしたんじゃないでしょうか。

仙台伊達家の墓所

 

加賀前田家の墓所

 

薩摩島津家の墓所

 

 

山口毛利家の墓所

 

 

甲斐の武田信玄、勝頼の墓所

 

 

越後上杉謙信の墓所

 

 

こちらには伊達正宗の墓所。

さすが正宗。

先ほどの伊達家墓所とは別にもあるんですね。

 

 

こちらは石田三成の墓所。

何でも真面目な石田三成は、自分が死ぬ前からお墓を準備していたそうですよ。

 

 

明智光秀の墓所。

歴史の明暗関係なく、死んだら一緒なんでしょうね。

 

 

東海の名将、本田忠勝の墓所

 

初代の市川団十郎の墓所。

 

 

 

 

途中にあった「姿見の井戸」

井戸を覗き込んで、水面に姿がうつらなければ3年以内に死ぬらしい・・・。

覗き込む勇気ありますか?!覗き込んだらちゃんとうつってました。

渇水の時期などに水が無いと危なさそうですよね・・・

 

 

有名武将の中に紛れるようにフグ供養塔もありました。

 

 

数あるお墓の中でも最大規模だったのが、この結城秀康公の石廟でした。

 

 

江戸時代に、この墓作りがさかんだったのか、松平家がやはりたくさん大きな敷地を有していることが分かります。

 

 

こちらは豊臣家の墓群。

豊臣秀吉さんの墓所もありました。

 

 

そして、最も有名な織田信長公の墓。

高野山焼き討ちなどで、高野山と敵対的な存在の代表格なのにお墓があるため、いろんな噂や話に繋がっていて面白い!

 

こちらの大きな廟は「興山応其上人廟」

織田信長の高野山焼き討ちを継続しようとしていた豊臣秀吉を説得して中止させたお坊さんだそうです。

やっぱり信長より大きな廟なんですね・・。

 

なんだかんだで高野山とも縁が深い真田家一族の廟

 

戦国武将等が並ぶ場所からは少し離れていましたが、こんな廟もありました。

今も昔も、助けを求めてるんですかね。

 

参道の奥、高野山奥の院の御廟橋より先は、完全なる聖域のため、すべて写真撮影禁止です。

このお国も春日局等の墓所がありましたよ。

 

いかがでしたか?戦国武将のお墓巡り。

今回写真撮影できた有名人以外にも、たくさんの廟があるそうです。

最上義光とか・・・見てみたかった。

 

世界遺産にも認定された「戦国武将のお墓巡り」でした!