日本|岩手|日本一とも言われる規模を誇った「毛越寺」

2018年9月2日

嘉祥3年(850)に慈覚大師が東北巡礼をした際に、嘉祥寺を作ったのが毛越寺の始まりだそうで、平泉で権勢を誇った奥州藤原氏2代目の基衡や、3代目の秀衡が次々と造営することで、中尊寺をも上回る規模を誇っていたお寺。

今は残念ながら、火災や戦火によってほとんどの建物が失われ、毛越寺の特徴だった浄土庭園としての池が寂しげに残っています・・・・

こちらも中尊寺と同様に「平泉-仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群」の一つとして世界遺産に認定されています。

 

今ある本堂は平成元年に再建されたものです

今毛越寺にある本堂は、平安時代の様式を模して、平成元年に再建されたものです。

毛越寺最盛期には、500を超える僧坊を抱える巨大寺院だったそうですが、今はこの本堂だけ。

 

最盛期の想像絵を見て空想!

毛越寺最盛期は、この絵のような巨大な寺院だったらしく、仏堂と大きな池を配置した浄土庭園の形式をとっていたようです。

今現在ではすべての仏堂が失われていますが、大きな池(苑池)が残されています。

 

人工の池らしく、池の周囲や小さな島は、小岩が整然と並べられています。

この浅い綺麗な池の雰囲気は平等院鳳凰堂と同じ感じがしました。

石の配置も、発掘と昔の絵図を参考に設置したものだそうです。

池や岩、そして後ろの山など、すべてを利用した見事な浄土式庭園だったんでしょうね。

当時の巨大伽藍は、台石のみのこっていて、跡形もなく姿を消しています。

これは毛越寺の原型だった嘉祥寺跡。

 

松尾芭蕉の有名な句「夏草や兵どもが夢の跡」

「夏草や兵どもが夢の跡」

松尾芭蕉が平泉を訪れた際、この近くの高台にある高館(義経終焉の地)から豪華な建物が消え去り夏草が生い茂っている景色を見て、藤原一族や義経達の栄華、野望、夢を感じて読んだ有名な句です。

きっとこの毛越寺の状況も、松尾芭蕉は見たんじゃないでしょうか。

 

今は池しか残っていない毛越寺ですが、当時の面影を感じることができます。

面影を感じるとともに、松尾芭蕉と同じように、藤原一族が栄華を誇っていた時代を思い出し、そしてその儚さも感じることができる場所でした。